活動報告

平磯太陽観測施設跡における月面反射通信実験

概要: 電波研クラブは、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)平磯太陽観測施設跡(茨城県ひたちなか市)の太陽電波観測用のパラボラアンテナを用いて、月面反射通信(EME)の実験を行い、430MHzで延べ6局との交信に成功しました。既存のアンテナ(一次放射器)に手を加えることなく、追尾を手動で行う簡易な方法で、なおかつ移動局(送信出力50W以下)のローパワーによりEMEに成功したことは、特筆すべき成果と考えられます。

1.月面反射通信(EME)とは

月面反射通信(EME)(Wikipedia)は、電離層を突き抜けるVHF以上のアマチュア無線帯を用いて、月面での反射を利用して海外と交信する無線通信です。宇宙空間の物体を利用して見通し外まで電波を届けることでは、人工衛星を用いる衛星通信と同じですが、EMEは天然衛星の表面における自然反射を利用するだけのため電波が途中で増幅されないこと、月面(レゴリス)での反射により電波の強さが約100分の7に減衰すること、光速で約2.5秒かかる往復約76万kmの超長距離伝送により電波が極端に弱まること、さらに電波が地球の電離層を往復2回突き抜ける際にファラデー効果によって偏波面が不規則に回転すること(ファラデー回転)などの悪条件が重なるため、通信に利用するには非常な困難を伴う、チャレンジングな技術です。そのため、アマチュア無線局に許可される最大出力の送信機、高感度受信機、それに高性能アンテナの3拍子が揃っていても、成功は容易ではないとされています。その困難さの克服のために、使用を終了した業務用の大型パラボラアンテナをアマチュア無線家が借り受けて、EME実験を行うケースが多く、KDDI茨城衛星通信センター(Wikipedia)の口径32mパラボラによる8N1EME(紹介サイト)や、JAXA勝浦宇宙通信所(Wikipedia)の口径18mパラボラによる8J1AXA(紹介サイト)などの実施例が、過去にあります。

2.NICT平磯太陽観測施設におけるEME実験構想

NICTの平磯太陽観測施設は、逓信省電気試験所により1915年に開設された平磯出張所を起源とし、わが国の電離層観測発祥の地という栄光の歴史を持っています(歴史紹介サイト)。宇宙天気予報の基礎データを得るための太陽観測(光・電波)施設として最近まで稼動していましたが、太陽観測業務を鹿児島県のNICT山川電波観測施設に移し(山川の新太陽電波観測システム紹介)、平磯は2016年9月末をもって観測業務を終了しました。その結果、太陽電波の受信に使用していたアンテナ群が不要になったことから、電波研クラブはそのアンテナを借りて、EME実験を計画しました。

事前調整として、平磯における観測業務の終了が既に決まっていた2015年2月4日に、まずNICTの理事と、当時の電磁波計測研究所長に、EME実験構想を説明してご理解をいただきました。NICTで宇宙天気予報プロジェクトを創始した研究者である同理事からは、「ぜひ火星反射通信も挑戦して下さい」という気宇壮大?な激励をいただき、また研究所長からは、「2017年度には施設の電力供給を停止するなど廃止に向けたプロセスが始まると思われるので、実施するならば2016年度中が良い」とアドバイスされました。2015年12月21日には、後任の研究所長と研究室長にも改めて構想を説明し、新研究所長からも、「平磯での太陽観測は2016年度前期で終了することが決まったので、実験は後期に実施するのが良い」と指示されました。平磯施設を管理する研究室長からは「実験にはどれくらいの期間が必要なのか、長いほうがいいのか」と問われたため、研究室側の都合を優先した実験スケジュールを組むことを、申し合わせました。

3.平磯の太陽電波観測アンテナについて

太陽から電波が放射されていることは、第2次世界大戦中に発見されました。太陽活動は地球の電波伝搬に大きな影響を与え、太陽電波はその太陽活動を知る指標として重要です。そのため戦後、わが国では平磯電波観測所(当時は電気通信省電気通信研究所=現NTT研究開発センタに付属)の職員により、三鷹の東京天文台(当時)の敷地内に日本最初の太陽電波観測アンテナが建設され、それと同時期に1952年から平磯でも太陽電波観測が始まりました。平磯では、25MHz〜2.5GHzの広帯域な太陽電波を3つのアンテナによって連続的にカバーする、当時としては世界有数のダイナミックスペクトル観測システム「HiRAS」(ハイラス)が、1992年に稼動しました。(参考文献:近藤ほか, “平磯の新太陽電波観測システム”, 通信総合研究所季報, 第43巻, 第2号, pp.231-248, 1997年6月.

HiRAS-1(25〜70MHz用直交ログペリ)左:HiRAS-2 (70〜500MHz用10mφパラボラ)、右:HiRAS-3 (500MHz〜2.5GHz用6mφパラボラ)
HiRAS-1
(25〜70MHz用直交ログペリ)
左:HiRAS-2 (70〜500MHz用10mφパラボラ)
右:HiRAS-3 (500MHz〜2.5GHz用6mφパラボラ)
(中央下は2.8GHz固定周波観測用の2mφパラボラでHiRASではありません)
HiRASの3つのアンテナの合わせ技により観測した太陽電波バースト(1993年6月24日)
HiRASの3つのアンテナの合わせ技により観測した太陽電波バースト(1993年6月24日)
HiRASのホームページ(NICT宇宙環境研究室)

HiRASの3つの受信アンテナはいずれも、右旋・左旋両偏波に対応できるように、直交配置した広帯域ログペリ(対数周期)アンテナを備えています。これらのうち、70〜500MHzの太陽電波受信を分担していた、最も大きい口径10mのパラボラアンテナHiRAS-2をお借りして、144MHzと430MHzでEME実験を行うことにしました。

HiRAS-2 (口径10m)HiRAS-2の一次放射器、直交20素子ログペリアンテナ(70〜500MHz)
HiRAS-2 (口径10m) HiRAS-2の一次放射器
直交20素子ログペリアンテナ(70〜500MHz)
電気興業のあゆみ

電気興業(株)の歴史を紹介するサイトに、同社が建築したHiRAS-2の写真が登場しています。

HiRAS-2の一次放射器は、送信時のアンテナ整合度を表すVSWR(電圧定在波比。1が理想値で1.5以下が実用的)の測定結果が、144MHzにおいて約1.5、430MHzにおいて約1.2となり、そのまま送信に使用しても大丈夫であることがわかりました。但し高出力の固定局を開局するためには、高価な送信機が必要で、総務省関東総合通信局による落成検査を受けるなど手続きも煩雑なため、今回のEMEでは既存の移動局を持ち込んで実験することにしました。そのため送信出力は、我が国で移動局として免許される最大の50Wに抑えざるを得ず、これは標準的なEME固定局の10分の1以下の小出力であるため、電話(SSB)や電信(CW)によるEME交信は困難と判断し、強力な誤り訂正機能を備えたJT65と呼ばれるデジタル通信モードを使用することにしました。

4.第1回実験 (2016年12月10〜11日)

12月10日は快晴に恵まれ、月齢10の月が14時頃に太平洋から昇るのを待って、実験を開始しました。アンリツ(株)のアマチュア無線クラブ(JE1YEM)のご協力により、JT65モードの免許を受けている同局の50W送信機(ICOM IC-910D)を用いることにしました。通信は同局のJP1TVCが担当し、JF3CGNが赤道儀式のHiRAS-2を制御ラック上で極軸と赤緯軸を手で制御して月を追尾することにしました。しかし予め10分刻みで計算して印刷しておいた月の極軸の値が、制御画面の表示と全く異なっていたため、結局、月の方角をパラボラ越しに目視で確認しながら、時間経過と連動させて類推により極軸の値を変える方法で、月を追尾することになりました。

太平洋上に昇った月。敷地内の鉄塔が少し邪魔…第1回実験に使用した無線機(ICOM IC-910D)とJT65変復調ソフト
太平洋上に昇った月。
敷地内の鉄塔が少し邪魔…
第1回実験に使用した無線機(ICOM IC-910D)とJT65変復調ソフト
HiRAS-2の制御ラック。東西南北ボタンを押して、アンテナ指向位置を好みに合わせます。HiRAS-2の制御画面。アンテナ指向位置(一番下)の極軸の値が、計算上の極軸と全然合わない…
HiRAS-2の制御ラック。東西南北ボタンを押して、アンテナ指向位置を好みに合わせます。 HiRAS-2の制御画面。アンテナ指向位置(一番下)の極軸の値が、計算上の極軸と全然合わない;_;…
時間の経過から類推してパラボラを手操作で旋回(左奥)しながら通信に挑戦(中央)ロシアのRX1ASから応答あり。しかし「交信」には至らず。
時間の経過から類推してパラボラを手操作で旋回(左奥)しながら通信に挑戦(中央) ロシアのRX1ASから応答あり。
しかし「交信」には至らず。

日本から月が東に見える時は米国、西に見える時は欧州との交信が可能になります。月が西に傾いた22時頃から、144MHzで、ニュージーランドのZL2LN、スウェーデンのSM0NKZ、ロシアのUA3PTWなどの月面反射波の受信に成功しました。ロシアのRX1ASが出すCQに応答したところ、先方から返答が届いたものの、続くこちらからの信号を先方が受け取れなかったため、交信としては惜しくも不成立となりました。

月が沈んだ11日2時半頃に実験を終了しました。

5.第2回実験 (2017年2月11〜13日)

第2回実験では、NICTとアンリツ(株)(JE1YEM)に加え、日本無線(株)(JJ1ZXE)、(株)構造計画研究所(JQ1ZTO)、TDK(株)(JM1ZOR)、横須賀リサーチパーク(JN1YRP)など、無線・電磁波を専門とする企業に勤める精鋭メンバーの参加が得られることになり、総勢14名で力を合わせて、今度こその交信成功を目指しました。また参加メンバー同士が事前に地上波でJT65による受信・復号のテストを重ね、本番に備えました。但しJF3CGNは自宅でJT65のテストを行っていた最中に、JT65特有の奇妙な音響に対して家族からうるさいと強い苦情が出て、続行を断念しましたHi。アンテナ指向位置の表示の謎については、参加メンバーのex.7K3XGWの調査により、極軸として表示されている値は時角を表していることが判明し、解決しました。さらに、世界のEME愛好家に向けて英語の特設サイトを設け、平磯の送信設備のスペックを紹介することで、交信時に相手局の参考になるように準備しました。

普段は無人施設なので怪しまれないように貼り紙を集結した実験参加者たち
普段は無人施設なので怪しまれないように貼り紙を… 集結した実験参加者たち
パラボラの直下に144MHz用受信プリアンプ(ICOM AG-25)2台(水平/垂直各偏波用)を取り付けパラボラの直下に144MHz用受信プリアンプ(ICOM AG-25)2台(水平/垂直各偏波用)を取り付け
パラボラの直下に144MHz用受信プリアンプ(ICOM AG-25)2台(水平/垂直各偏波用)を取り付け

初日の2月11日は、月齢14の月が17時半過ぎに太平洋から昇るのと同時に、実験を開始しました。第1回と同じくJE1YEMの50W送信機(ICOM IC-910D)を用い、ex.7K3XGWが予め作成した10分刻みの月位置の時角・赤緯テーブルに基づき、パラボラを手動で制御して、月を追尾しました。EME愛好家のリアルタイム情報交換サイト(N0UK WSJT EME Link)の書き込みを参照しながら、相手局の多い144MHzで呼び出しを続けましたが、相手局の信号は受信できるものの、平磯の信号を相手局が復号できず交信が成立しないという、第1回実験と同じ苦しい状況が続きました。12日の明け方になって、スイスのHB9Qが運用周波数を144MHzから430MHzに移した機会に、平磯側も430MHzに移って呼び出したところ、応答があり、双方が相手局の信号を確認できたことをもって5時14分に、遂に初交信に成功しました。周波数の高い430MHzではアンテナの利得が向上すること、月の仰角が低いと月面の反射波に大地での再反射波が加わって増強されること、また米国よりも欧州にEMEの愛好家が多いため欧州方面に反射波が届く日本時間の明け方が有利であることなどが、功を奏したものと考えられます。続いて5時41分にロシアのUA3PTW、5時47分にドイツのDL7APVとの交信に、相次いで成功しました。7時過ぎに月が沈み、初日の実験を終了しました。

JP1TVCとJR2KCBがEMEに挑戦パラボラ旋回を担当するJP1QGO深夜の月を追いかけるHiRAS-2
JP1TVCとJR2KCBがEMEに挑戦 パラボラ旋回を担当するJP1QGO 深夜の月を追いかけるHiRAS-2
HB9Q−JE1YEMHB9QからJE1YEM宛に届いたQSLカード
平磯におけるEME初交信
HB9Q(スイス)−JE1YEM op.JP1TVC
2017年2月11日UT20時14分
(日本時間2月12日5時14分)
432.090MHz, 50W, JT65B, TX 2nd(偶数分受信)
HB9QからJE1YEM宛に届いたQSLカード。
信号強度は-22dBとレポートされています。
UA3PTW−JE1YEMDL7APV−JE1YEM
UA3PTW(ロシア)−JE1YEM op.JP1TVC
2017年2月11日UT20時41分
(日本時間2月12日5時41分)
432.090MHz, 50W, JT65B, TX 1st(奇数分受信)
DL7APV(ドイツ)−JE1YEM op.JP1TVC
2017年2月11日UT20時47分
(日本時間2月12日5時47分)
432.090MHz, 50W, JT65B, TX 1st(奇数分受信)

2日目の2月12日は、実験条件を変え、参加メンバーの個人局JR2KCBの送信機(ICOM IC-7100M)により、18時半過ぎから実験を開始しました。初日と同様に144MHzでは交信が成立しない状況が続いたため、13日明け方に430MHzに移って呼び出しを継続しました。IC-7100Mは430MHzの送信出力が35Wのため、さらに厳しい条件でしたが、前日のJE1YEMの相手方と同じHB9QとDL7APVから相次いで応答があり、交信に成功しました。さらにJE1YEMの50W送信機でも、ドイツのDF3RUとの交信に成功しました。7時45分に月が沈み、2晩の実験を成功裏に終了しました。

2晩続けての徹夜で疲労の色が濃い参加者たち。夜明け前の月とHiRAS-2
2晩続けての徹夜で疲労の色が濃い参加者たち。
パラボラ旋回係(一番奥)が寝ているのは問題Hi…
夜明け前の月とHiRAS-2
HB9Q−JR2KCBHB9QからJR2KCB宛に届いたQSLカード
HB9Q(スイス)−JR2KCB
2017年2月12日UT20時44分
(日本時間2月13日5時44分)
432.078270MHz, 35W, JT65B, TX 1st(奇数分受信)
JR2KCBによるEME初交信
HB9QからJR2KCB宛に届いたQSLカード。
信号強度は-24dBとレポートされています。
DL7APV−JR2KCBDF3RU−JE1YEM
DL7APV(ドイツ)−JR2KCB
2017年2月12日UT20時53分
(日本時間2月13日5時53分)
432.078270MHz, 35W, JT65B, TX 1st(奇数分受信)
DF3RU(ドイツ)−JE1YEM op.JP1TVC
2017年2月12日UT22時08分
(日本時間2月13日7時8分)
432.077MHz, 50W, JT65B, TX 2nd(偶数分受信)

6.さようなら平磯、ありがとうHiRAS

今回の実験は、EMEとしては非常に弱い出力で、実験を知った世界各国の局から、声援を受けて耳を澄ましてもらいながらの挑戦でした。輝く月を眺めながら、平磯から発射された電波があそこまで届いて地球に戻ってきていることに、言い知れぬ感慨を覚えました。EMEは、最上級の困難さと、実用性の皆無さとから、『究極のアマチュア無線』と言っていいでしょう。それにプロ級の無線愛好家たちが夢中になって取り組む様子を見て、アマチュア無線の奥深さを実感した2晩でした。また今回、35Wの送信出力で成功したことは、小学生でも取れる第4級アマチュア無線技士の資格で運用できる20Wでも実現できる可能性を示唆しており、青少年の科学技術教育へのEMEの利用可能性を示せた、有意義な実験だったと思います。

平磯太陽観測施設は、この3月から設備の撤去、売却、廃棄が始まる予定です。天頂を仰いで永遠の眠りに就いたHiRAS-2に後ろ髪を引かれる思いで、我々は現地を後にしました。わが国の草創期のワイヤレス技術開発と電波伝搬研究を先導してきた、平磯の102年に渡る歴史(PDF)の最後に、有意義な実験を実施できたことを、誇りに思います。

最後に、今回のEME実験の実施にご理解とご協力をいただいたNICTをはじめ、協力あるいは応援して下さった多くの方々に、御礼を申し上げます。

(文責 JF3CGN)

2017年3月1日公開
2017年3月1日最終改訂

集合写真平磯の隣町(大洗町)で買ったお土産
平磯の隣町(大洗町)で買ったお土産
JE1TMAほかJM1ZOR関係者
JS1IFK JH1PVJ JP1TVC JH5CZY JP1QGO JL1GJE
ex.7K3XGW  JF3CGN  JR2KCB  JP1FOS  JI1NME

長年に渡りHiRASを追いかけ続けてきたex.7K3XGWによる写真集
EME実験時のHiRAS-2の動きを微速度撮影した動画もあります。
JE1TMA (中央) ほかJM1ZOR関係者

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