おしらせ
国産実用衛星誕生の「ゆりかご」(旧・宇宙開発事業団小平分室)において、情報通信研究機構(NICT)の国立研究開発法人化を紹介するアマチュア無線局を記念運用します |
独立行政法人情報通信研究機構(NICT)の職員有志らは、我が国の無線通信の研究の歴史を振り返り広く紹介することを目的とするアマチュア無線記念局を、2014年から開設・運用しています。 我が国の宇宙開発の初期に、発足間もない宇宙開発事業団(NASDA: 現在のJAXAの前身の一つ)が使用していた衛星試験庁舎が、NICT本部の北側敷地に現存しています。ここは、NASDAが打ち上げた最初の人工衛星や、国産初の実用衛星などの開発モデルが試験された施設であり、我が国の宇宙開発史の第1ページに刻まれるべき由緒ある建物ですが、その存在はあまり知られていません。 そこで、3月15日に、同建物の中でアマチュア無線記念局(コールサイン8N100ICT)を仮設・運用し、全国・全世界のアマチュア無線家に向けて、由緒ある建物の存在を紹介すると共に、NICTが2015年4月1日から国立研究開発法人に移行することを紹介するための無線交信を行いますので、お知らせいたします。 |
●宇宙開発事業団小平分室 衛星試験庁舎について
NICTの前身の一つである郵政省電波研究所(電波研)は、1960年代に、我が国における実用衛星開発を国の機関として技術的に主導する役割を担っていました。その業務の一環として、現在のNICT本部から道路を隔てた北側の敷地に、約4億円を投じて衛星試験庁舎の建設を進め、1968年度(昭和43年度)に完成しました。
それと同じ頃、通信・放送・気象観測など生活に必要な実用衛星の国産開発などを進めるために、国策として、特殊法人の宇宙開発事業団(NASDA)が、1969年(昭和44年)10月に発足しました。電波研が建設した衛星試験庁舎は、NASDAの発足と同時に移管され、「宇宙開発事業団小平分室」になりました。(以下、「小平衛星試験庁舎」と呼びます。)
完成した当初の小平衛星試験庁舎は、熱・真空環境試験室、電波無反射室、機械環境試験室、電気試験調整室の4つから構成されていました。衛星開発ではまず、宇宙に送るのと同じ設計・部品を用いて作られる「プロトタイプモデル」に対して、熱、真空、振動などを宇宙と同じ環境にして、過酷な試験を行います。それに合格して初めて、実際に宇宙に送リ出す「フライトモデル」が作られ、打ち上げられるという段取りになります。小平衛星試験庁舎は、メーカーが製作したプロトタイプモデルを認定試験し、フライトモデルの製作にOKを出す重要な役割を担っていました。
NASDAが1975年(昭和50年)に初めて打ち上げた人工衛星(技術試験衛星I型「きく」ETS-I)や、1976年(昭和51年)に打ち上げられた日本最初の実用衛星(電離層観測衛星「うめ」ISS)は、いずれもそのプロトタイプモデルが小平衛星試験庁舎で認定試験され、合格したことにより、フライトモデルが製作されて宇宙に送り出されました。小平衛星試験庁舎は、我が国の国産実用衛星の誕生に際して、いわば「ゆりかご」の役割を果たした施設といえます。
NASDAはその後、筑波宇宙センターを開設し、同センターにさらに大型で総合的な試験設備が充実したことから、役目を終えた小平衛星試験庁舎は、1987年(昭和62年)3月に電波研に返還されました。現在は、人工衛星搭載アンテナの開発及び試験に使用されていた電波無反射室だけが残っています。同室は、宇田新太郎博士(テレビ受信用アンテナとして世界的に普及している八木・宇田アンテナの発明者)のご子息である宇田宏氏(当時は電波研所属で、NASDAの発足と同時に移籍)の主導によって建てられ(出典4)、その後も改修を加えながら、NICTにおける電磁波の研究・測定用途などに今日まで活用されてきました(写真)。
●旧・小平衛星試験庁舎におけるアマチュア無線局の運用について
旧・小平衛星試験庁舎に近い国分寺市の早稲田実業学校の敷地は、昭和30年代に東大の糸川英夫教授らのグループによるペンシルロケットの実験場があったことで知られ、「日本の宇宙開発発祥の地」の記念碑が立てられています。NICTの職員有志は、旧・小平衛星試験庁舎も、我が国の宇宙開発史の第1ページに刻まれるべき由緒ある現存施設として、広く知られて欲しいと願い、3月15日に、同施設に無線機を持ち込んでアンテナを仮設し、全国・全世界のアマチュア無線家に紹介することを計画したものです。
●NICTの国立研究開発法人への移行について
かつて国に直属していた研究機関の多くは、より柔軟で効率の良い運営を行うために、2001年(平成13年)から順次、行政機関から分離された組織(独立行政法人)になりました。定型的な業務を効果的、効率的に行う一般の行政事務とは異なり、研究開発業務は、競争性、長期性、専門性などの特殊性があることから、このほど、国立研究開発法人という類型が、新たに設けられることになりました。その結果、独立行政法人情報通信研究機構は、今年の4月1日から、国立研究開発法人情報通信研究機構になります。そこで3月15日に旧・小平衛星試験庁舎から行う無線交信では、NICTの国立研究開発法人への移行についても合わせて、全国・全世界のアマチュア無線家に紹介していきます。
旧・宇宙開発事業団小平分室衛星試験庁舎におけるアマチュア無線記念局8N100ICTの運用のご案内 ※運用の現場は一般非公開です | |
運用日時 | 2015年3月15日(日) |
運用時間 | 午前〜夕方 (無線設備の設置調整に要する時間により、運用時間は前後する場合があります) |
運用場所 | 独立行政法人情報通信研究機構 本部構内(東京都小金井市貫井北町4-2-1) 旧・小平衛星試験庁舎 (状況により、運用は本部構内の別の場所から行う場合があります) |
【本イベントの実施報告】情報通信研究機構(NICT)の国立研究開発法人化をPRするアマチュア無線記念局を運用 〜次世代の無線技術者育成を目指して〜
●補足資料
参考文献:
- 出典1: 電離層の世界地図をつくる国産第1号実用衛星(「宇宙実用化時代の電波研究」 郵政省電波研究所 1969年)
- 出典2: 人工衛星の研究と開発(郵政省電波研究所 1969年8月)
- 出典3: 宇宙開発事業団10年の記録 昭和44年度-昭和54年度 (1980年)
- 出典4: 宇田宏, 「広帯域大型電波無反射室」, テレビジョン(テレビジョン学会誌), Vol.24, No.10, pp.782-792 (1970年)
建設中の小平衛星試験庁舎(出典1) | 竣工直後の小平衛星試験庁舎(出典2) |
宇宙開発事業団小平分室当時の施設配置図(出典3) |
宇宙開発事業団初の人工衛星「きく」 技術試験衛星ETS-I 1975年打ち上げ (出典3) 小平衛星試験庁舎の熱・真空環境試験室スペースチャンバのサイズに合わせ、直径80cmに製作された。 | 日本最初の実用衛星「うめ」 電離層観測衛星ISS 1976年打ち上げ (出典3) 軌道投入後約1ヶ月で電源系に異常をきたし観測終了したが、予備機を2年後に打ち上げリベンジを果たした。 |
(出典2) | スペースチャンバ (出典1) | 衛星格納状態 (出典3) |
熱・真空環境試験室 ※現存せず |
電波無反射室 (左:出典2、右:出典3) ……フェライトを電波吸収材として用いた世界初の施設 (出典4) |
機械環境試験室 ※現存せず (左:出典2、右:出典3) |
電気試験調整室 ※現存せず (左:出典2、右:出典3) |
郵政省電波研究所 (現・NICT) |
宇宙開発事業団 (科学技術庁) |
東京大学 (文部省) |
宇宙開発関連事項 | ||
当初の役割分担 | 実用衛星開発 | ロケット開発、 基礎実験衛星開発 |
ロケット開発、 科学衛星開発 |
||
1950年代 | 東京大学生産技術研究所の糸川英夫教授らによる、ペンシルロケット、カッパロケット等の研究。 | ソ連のスプートニク1号による初の人工衛星(1957年)。 | |||
1960年 (昭和35) |
科学技術庁自らが宇宙開発に着手。 | ||||
1961年 (昭和36) |
宇宙通信研究室を設置。 | ソ連のボストーク1号による初の有人宇宙飛行。 | |||
1963年 (昭和38) |
科学技術庁航空宇宙技術研究所(NAL)にロケット部を新設。 | リレー1号による初の日米宇宙中継(KDDほか)。 | |||
1964年 (昭和39) |
鹿島支所を設置。 | 科学技術庁内に宇宙開発推進本部を設置。 | 東京大学宇宙航空研究所(ISAS)発足。 | シンコム3号による東京オリンピック宇宙中継(電波研ほか)。 | |
1967年 (昭和42) |
衛星研究開発部を設置。小平衛星試験庁舎の建設に着手。 | ||||
1968年 (昭和43) |
国産初の実用衛星(電離層観測衛星ISS)の開発に着手。 | 種子島宇宙センターで初のロケット発射実験。 | |||
1969年 (昭和44) |
小平衛星試験庁舎が完成。 | 宇宙開発推進本部が宇宙開発事業団(NASDA)に改組、電波研の実用衛星計画と小平衛星試験庁舎を承継。 | 米国のアポロ11号による初の有人月面着陸。 | ||
1970年 (昭和45) |
L-4Sロケット5号機による、日本初の人工衛星(おおすみ)打ち上げ。 | ||||
1972年 (昭和47) |
筑波宇宙センター開所。 | ||||
1975年 (昭和50) |
NASDA初の人工衛星(技術試験衛星「きく」 ETS-I)を小平衛星試験庁舎で認定試験後、N-Iロケット1号機により打ち上げ。 | ||||
1976年 (昭和51) |
日本最初の実用衛星(電離層観測衛星「うめ」 ISS)を小平衛星試験庁舎で認定試験後、N-Iロケット2号機により打ち上げ。 | ||||
1981年 (昭和56) |
文部省宇宙科学研究所(ISAS)に改組。 | ||||
1987年 (昭和62) |
筑波宇宙センターの整備により小平衛星試験庁舎の使用を終了し、電波研に返還。 | ||||
2003年 (平成15) |
NASDAとISASとNALが統合し、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)発足。 | ||||
2004年 (平成16) |
独立行政法人情報通信研究機構(NICT)に改組。 | ||||
2015年 (平成27) |
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)に改称。 | 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)に改称。 |
8N100ICTのトップページに戻る | 連絡先: |